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黒船に対して剣は役に立たない

前回は、「剣道人バッチ」と題して、私も含めた剣道人は、常に「智・仁・勇」という尊い教えを心にしまい、その教えを守って行動したいという内容を書きました。


7回目となる今回は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」を見て、感じたことを書いてみようと思います。


1月3日にスタートした「龍馬伝」ですが、なかなかライブで視聴することが出来ないまま、時が過ぎ、録画していたものをipodに入れ通勤電車の中でようやく見終えたのがつい最近です。先週は、やっとライブで見ることが出来ました(笑)が、話題性という面では、かなり遅れていますが、お許しください。


一番印象深かった場面は、五話から六話にかけてでした。少し長くなりますが、あらすじはこんな感じです。


龍馬が黒船を間近で目撃し、その凄さに度肝を抜かれ、「黒船に対して剣は役に立たない」と剣術を続けることに疑問を抱きます。
剣術の稽古に身が入らない龍馬の様子を千葉定吉(周作)は見抜き、千葉道場から龍馬を追い出します。
剣術修行を目的に江戸行きを許された龍馬はその目的を失い、することもないまま時間だけが過ぎて行きます。
そんなある日、桂小五郎(木戸孝允)から吉田松陰が黒船に乗り込む計画を聞き、一緒に松陰を探し、はじめて吉田松陰をいう男に出会います。
はじめは密航を止める目的でしたが、松陰の熱い思いを聞くにつれ、なぜか龍馬も黒船に乗りたいと言い出します。
しかし、松陰は“黒船に乗るのは私の仕事であって、坂本君の仕事ではない。君は何のためにこの世に生まれてきたのか?考えるな、自分の心に聞いてみれば、分かる!”と一喝され、龍馬は再び、千葉道場に戻ることを決意します。


この吉田松陰の言葉にも強く心をうたれましたが、千葉道場に再び足を踏み入れた龍馬に対し、千葉定吉は“龍馬、刀は黒船に勝てるか?”と問い、龍馬曰く“黒船に勝つか負けるかは、刀ではなく坂本龍馬という人間の問題です。”と答えます。


私は正直、カッコいいー!なんて次元ではなく、身震いするほど感動しました。


一応、このブログの剣友会で子供達の剣道指導をする立場ですし、剣道を広めたいと自称するくらいですので、日々剣道の事を考え、勉強もしようと心掛けているつもりですが、浅学菲才の身、書物を読めば読むほどわからないことが山となります。


特に剣道とは何かを説明する上で「刀の観念」とか「日本刀」という言葉を剣道書物では多様しています。しかし、これらを現代っ子にどう伝えればよいかということは、大変に難儀です。


私自身、昭和40年代の生まれで、剣道界では青二才。現代っ子と呼ばれても可笑しくない年齢です。私が剣道を始めた頃は、子供達の剣道人口が最高に多かった時期で、私たちを境に剣道人口が伸び悩みはじめたと記憶しています。


当時の永山剣友会も、育成部会員が100名以上、在籍者は300名を越す盛況振りで、指導に携わられた方にお聞きしたところ、子供が多過ぎて体育館に入りきれないこともあり、大変厳しい稽古を行い、ふるいにかけるが如く、稽古についてこれない者(脱落者)を選別するようなこともした。と教えて頂きました。「ひどい」、「イジメだ」と思われる方もおられるでしょうが、果たしてそうでしょうか?全剣連のホームページにはこんなことが書かれています。


「剣道」とは、日本の武士が剣(日本刀)を使った戦いを通じ、剣の理法を自得するために歩む道を指し、剣道を学ぶということは、この剣の理法を学ぶことを意味します。敢えて言えば、剣の理法の奥にある武士の精神を学ぶことが重要で、剣の操法を厳しい稽古を通じて学ぶことは、その為の一つの手段と見られています。これが剣道の目的が「人間形成の道」と言われている理由です。


剣の操作は厳しい稽古で身に付ける。これが「剣の理法」を自得するための一つの手段であり、その結果が「人間形成」につながるのだとすれば、厳しい稽古に耐えうるメンタル面の強化は、子供達のテクニック上達の方法論よりも熱心に研究する必要性を感じます。


この記事を書きながら、私も含め指導者は皆、剣道人口を増やしたい(これ以上、減らしたくない)と考え過ぎるあまり、「子供達をお客様扱いしているのではないか?」と思いはじめました。「剣道の稽古は厳しいものだ!」ということを子供達に理解させる努力を怠っていた気がします。


こう書くと「厳しくなければ剣道じゃない」と逆手に取られそうですが、バランス感覚を大切にして、剣道を習いにくる子供達を大事にする気持ちに変わりはありません。永山の子供達が全員、龍馬のような志ならこんなに楽なことはありませんがね...(笑)。


毎度のことながら、取り留めのない感想をだらだら書きましたが、日本の伝統文化である剣道を正しく伝える上で「日本刀」の存在を抜きにして伝えることは難しい。とは言え、実際に刀で切り合いをしたこともなく、刀を帯びることもなく、もっと言えば実際に刀を振る機会も殆どない、我々の世代が、先人の残した書物や諸先輩に「刀の観念」を見聞きしても「ピン!」と来ないのは事実です。ですが、今回の龍馬の言葉は、剣道を正しく伝えていく上での大きなヒントを貰った気持ちになり、益々勉強意欲が高まってきました(笑)。


第7回「剣道雑記」は、この辺で終了させていただきます。


お読みいただき、ありがとうございました。

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