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身体知と剣道

前回は、「黒船に対して剣は役に立たない」と題して、NHK大河ドラマ「龍馬伝」を見て、感じたことを書きました。


今までの1-7回目までの剣道雑記は、管理者がすべて書きました。
8回目となる今回は、本会の岡本邦靖会長から投稿いただいた「身体知と剣道」(雑感)という原稿を掲載します。是非、お読みください。


ほとんどの人が、自転車に乗ってどこかに出かけようとする時、自然に身体が動いて自転車に乗れてしまいます。しかし、自転車に乗る方法を説明しようとするとなかなか難しく、マニュアル化(言語化)はさらに難しいです、でも身体は子どものころ習得した通り自然に動くのです。
つまり身体は覚えているのです、こんな例は他にも多々ありますよね。このような身体化された知識を「身体知」と言います。


剣道での身体知は、稽古(修行)によって、身体が獲得した高度な技、洗練された技と言えましょう。
例えば、剣道の試合では、時に「負けに不思議な負けなし、勝ちに不思議な勝ちあり」などと言われます、この不思議な勝ちは、相手との攻防の中で、身体知されていた高度な技、洗練された技が無意識に放された表れでしょう。
また、一度獲得した身体知は、なかなか消えることはなさそうです。子どものころ習得した自転車乗りを、大人になって久しぶりにチャレンジしてもスムーズに乗れてしまいます。また、剣道稽古でも、永く稽古を中断し何年か経って再開してみて、身体が覚えていることを体現さる方も多くおられます。


一般に剣道における身体知の獲得は、稽古(修行)を通して形や技を、身体にしみ込ませる方法をとります、身体を徹底して働かせながら、心にも影響を与えて行く特性を有しています。つまり「心身一如」の身体知獲得とでも言うのでしょうか。


例えば、礼法を習得するときに、礼の動作(形)に合わせて、心の部分では相手を思いやる心をも獲得して行くのです。


これを、剣道指導面から見てみますと、特に将来を担う子ども達に「剣道を正しく」教えること(あるいは習うこと)が、いかに大切かが浮き彫りとなります。
子ども達が獲得する剣道を通しての身体知は、その後の人生に影響を与え続ける可能性があるからです、剣道は人づくりとも言われますが、いわれの一つはこれにあるのでしょう。
正剣での稽古を積み重ね獲得した身体知は、それぞれの人生の中で頼りになる羅針盤となってくれると思いますがいかがでしょうか。

 

第8回「身体知と剣道」は、この辺で終了させていただきます。


お読みいただき、ありがとうございました。


岡本会長、投稿いただきありがとうございました。
身体知=自得ですかね。相手の動きに身をゆだね、剣の理法に従って相手を制することを目指さなければならないと思いつつ、力みや雑念が入る今日この頃です(笑)。
最後になりましたが、他の会員の皆様からの投稿も随時、お待ちしております。沢山の投稿をお願いします。(管理者より)

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